回文と韻<後編>

こんにちは。

前回は回文の例をたくさん挙げて、回文の作り方で共通している考え方「関連ワード」について述べました。
今回は、その「関連ワード」は、韻においても面白い役割を担う、という話をさせていただきます。

今回ここで述べることには、賛否両論あると思います。
というのも、今回の記事は、一般的なラップの解説ではなく、僕が個人的に「こうするのが気持ちいい」と思っているテクニックやルールについて述べるだけだからです。
なので、ヒップホップやラップはすべてこうあるべき、と言っているわけではありませんのでご了承ください、と、あらかじめ言っておきますが、それでもdisられるのがヒップホップなんですけどね!(って言えば言うほどdisられるのがヒップホップなんですけどね)

さて、突然ですが、短歌における、掛詞や縁語をご存じでしょうか。
高校の古典の授業を思い出してみてください。

たとえば、在原業平の、以下の句。

から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる たびをしぞ思ふ

これが本題ではないので解説はさらっと流しますが、「都に残してきた妻を思う」という本線の裏で、「なれ」「つま」「はる」などは掛詞になっていて、「衣がなじむ」「裾の左右両端の部分」「張る」という、冒頭の「から衣」から連想される言葉の響きを散りばめているのです。

本線 裏ライン
なれ (妻と)慣れ親しんだ (衣が)なじむ
つま 褄(衣の裾の左右両端の部分)
はるばる (妻を残して)遥々 (衣が)張る

このように、「慣れ親しんだ妻を置いて遥々来ちゃったよー」ということを表では言いながら、その裏で「から衣」に関するワードのサブリミナル効果!
(こんな適当な古典の解説サイトはそうないと思います。ごめんなさいね)

今のが掛詞と縁語の解説でしたが、これ以外にもこの歌には修辞法が満載(たとえば頭文字取ったら「かきつばた」になるなど)で、在原業平は言葉遊びの天才過ぎてもし現代でラップをやっていたらMC業平どんだけリスペクトされんだよって感じなのですが、とにかくここで言いたいのは、

「裏ラインで別のストーリーを語ると、言葉に奥ゆきが出る」

ということです。
そして、これがラップにも当てはまり、このときにキーになってくるのが前回回文を考えるときのコツとしてあげた「関連ワード」なのです。

せっかくなので、今回の回文シリーズを書くきっかけをくれた久野くん(詳細は前回の記事)が歌詞に登場する、「Beagloove is Back!」という曲で解説させてください。

【歌詞】 「Beagloove is Back!」 細川担当ヴァースの後半を抜粋(1:50あたりから)

確実な道
博打打ったり
applimばりAvril Lavigne
ライカ “Sk8er Boi”
いやすげぇ多忙だし
やっぱ滑ったもん勝ち
じゃあ久野は乗るケッタ・マシーン
他のスタッフはメタモンばり
変幻自なら経験値では
ないけどナイスな連携次
査員は極上
ンシャインは牧場
特徴だ
さぁとくと見な
じゃあ僕と皆
ラスで乾杯
楽ではない
学生団体

※今から僕は、【自分で書いた歌詞を自分で解説する】という、ミュージシャンとして非常にかっこ悪いことをします。なぜこんなことが可能かというと、僕はミュージシャンではなく、「ただ韻を広めたいだけの人」だからです。
※この断りは、毎回入れます。(5回目!)

僕が去年運営スタッフをやっていたapplimというビジネスコンテストについてラップしています。
ちょうど昨日、applimのフィードバックイベントに参加してきました(今年はメンターとして参加しています)。
この曲は去年、学生として運営スタッフをやっているときに作ったものです。懐かしい。

で、まぁこの曲の韻は良質なのかと言うと、意味のつながりを無視して韻を踏んで音を楽しんでいる感があるので評価は分かれるか気がするのですが、その中で、僕が忠実に守っているルールがあるので、それを解説させてください。

まず、このラップで僕が言いたいのは、

「applimの運営は多忙だけど、確実な道でも博打打つような、滑ったもん勝ちぐらいの気合いで行かないとダメ。代表の久野を筆頭に、スタッフは皆学生で経験は少ないけど、変幻自在の連携プレーで乗り切ろう」

といったところですね。
(本当に立ち上げ当初はこんなギリギリの感じで動いていました)

歌詞の話に戻りますが、上の部分を聴くと、次のように言う人が出てくるかと思います。

「Avril Lavigneは、文意関係ねーじゃん!韻に捕らわれ過ぎて無理やり出し過ぎだろ!」

実際ラップのこういう側面が嫌いな人も多いと思います。
韻を踏むことに固執し過ぎて意味のない単語を出してしまい、結果として言いたいことが言えなくなってしまう、まぁ英語でいうとポイズンですね。

その気持ちはよくわかります。
でも僕はこういう「一見関係なさそうな言葉」を使うとき、ひとつルールを決めています。
そしてこのルールさえ守れば、韻を踏むために意味のない言葉をいきなり出すことは、むしろリリックの世界観を深めることになるとさえ思っています。

そのルールとは、

「脱線しても、そっち側の文脈の韻で、意味を付加して元の文意に戻ってきたらセーフ」

というものです。

これが、上に例で出した在原業平の歌にもつながる「関連ワードによる奥深さ」を実現させています。
具体的に説明させてください。

まず、「確実な道」「博打打ったり」の流れで、「applimばり」で韻を踏みます。
これにより、「今からapplimの話をするよー」とアピールしたところで、一旦「Avril Lavigne」を出して遊びます。

はい、ここで「関連ワード」、Avril Lavigneの代表曲である、「Sk8er Boi」という言葉を出します。
ここまでは脱線です。

そして、この「Sk8er Boi」を踏まえつつこの韻で本線に戻れば、それはセーフ、というのが上で述べた僕のルールなのです。
よって、「Sk8er Boi」から「すげぇ多忙だし」というapplimの話にすばやく戻す。

ここで重要なのは、Sk8er Boiという言葉をここで使ったことにより、後に出す言葉に深みが出る、ということです。

「滑ったもん勝ち」は先ほど述べたように「団体が大スベリしてもいいぐらいの攻めの姿勢で」ということ(あと久野くんが代表挨拶でたまに滑るということ)を意味しているのですが、この「滑る」という表現は、さっきの「Sk8er boi」を踏まえています。
スケーターのように滑れ、と。

その次に出てくる「ケッタ・マシーン」はご存じのとおり、名古屋弁(久野の出身は名古屋)で「自転車」の意味ですが、先ほど出した「Sk8er」という言葉との対比です。
スケーターボーイはスケーターに乗るけど、うちの代表の久野はケッタ・マシーンに乗るよ、と。
そして他のスタッフはそれに捕まって一致団結して進むよ、と。

このようにして、さっき”Avril Lavigne”で脱線したことが効いてきます。
このヴァースで何よりも表現したかったのは「スタッフが不安定ながらもみんなで力を合わせていく様子」だったのですが、それを「代表の久野が自転車をこいで、それにみんなで乗り込んで進む」と例えるのがピッタリで、これは「スケーター」という伏線を張ったからこそ、深みが出ます。

本線(applim) 脱線(Avril Lavigne)
確実な道
↓ ↓ ↓
博打打ったり
↓ ↓ ↓
applimばり Avril Lavigne
↓ ↓ ↓(韻はここで変える)
すげぇ多忙だし Sk8er Boi
(「滑る、乗り物」という意味を付加)
↓ ↓ ↓
滑ったもん勝ち
(Sk8er Boiから得た「滑る」感)
↓ ↓ ↓
ケッタ・マシーン
(Sk8er Boiから得た「乗り物」感)
↓ ↓ ↓
メタモンばり

以上が、僕が自分に課している、「脱線しても、そっち側の文脈の韻で、意味を付加して元の文意に戻ってきたらセーフ」というルールの説明でした。

薄々お気づきかとは思いますが、韻というのは、かなり自己満足的要素があります。
そして、もちろんそれは認めます。

だって、みんな自己満足的に書き過ぎて、僕はもはや自分で書いた歌詞しか解説できませんもん。
どれだけ聴きこんでいる曲でも、ここまで深くはリリックに込めた意味を汲み取れないし、そもそもBeaglooveのこの曲だって、自分以外の2人の担当部分を解説する自信さえ皆無ですからね(衝撃の事実)。

たとえば、僕はサッカーに詳しくないので、この曲の最初の田中くんのヴァースの「むさぼるスシ」とか、ググって初めて意味知りましたもん。
だから毎回、自分で自分の書いた歌詞で解説するという格好悪いことをしているのです。

というわけで、長くなりましたが、このapplim、去年は学生として運営をやっておりましたが、僕は社会人メンターとして参加しますので、参加者のみなさん、よろしくお願いします!
そして9/4の決勝レセプション(今年はビッグサイトらしい!)は一般観覧もある(詳細こちら)ようなので、もしご興味ある方は、是非遊びにきてみてください。
僕もいますので、お話しましょう。

今回は「回文と韻<後編>」としたのですが、しばらく更新しないうちに回文についてもうひとつ書きたいネタが思いついたので、次回はそれを書きます(というか今回回文の話ほとんどしてないし)。

それでは。


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回文と韻<前編>

こんにちは。

先日は、土用の丑の日でしたね。
当日のTwitterでの久野くんとのやりとりをご覧になっていた方はご存じかもしれませんが、僕は去年の今頃、みんながつぶやきまくっていた回文「うなぎなう」のひとつ上をいこうと思い、「うなぎ好き過ぎなう」「うなぎ見て右なう」などというのを推していました。
しかし今年はそのさらに上をいこうと思い、「うなぎ」で始まって「なう」で終わる回文を、ちょっと考えてみました。
で、思いついたのが、以下。

長澤まさみが「誰(タレ)よりも君を愛す」というドラマでうなぎ屋を演じていたことにちなんで、

「うなぎ屋はまさみ、かの代打の神様は八木なう」
(うなぎやはまさみかのだいだのかみさまはやぎなう)

(代打の神様こと八木裕を知らない方はこちら

ちょっと「なう」の意味がわからなくなってしまいましたが、そこはご愛敬(うなぎのタイムリー感でカバー)というわけで、今回は回文の話をしたいと思います。
(ちなみに僕はうなぎが嫌いです)

回文は韻とは別のものですが、韻に通ずる部分がいくつかあります。
今回は回文のご紹介をして、次回、回文と韻の共通点について、述べたいと思います。

まず最初に、日本の回文は相当にレベルが高い、ということを共有させてください。
Twitterなんかでも、何種類も回文bot的なものがあるので、興味のある人はぜひフォローしてみてください。
日々流れてくる回文が感動モノです。
(以下に挙げる回文は、すべてそれらのbotからの引用です)

特に時事ネタは、秀逸なものが多い。
今回の地震・原発関連でいうと、

総理は病んで疎ましく、福島東電やはり嘘
(そうりはやんでうとましくふくしまとうでんやはりうそ)

退避で保安員ゼロ。全員アホでひいた
(たいひでほあんいんぜろぜんいんあほでひいた)

う!福島第一良い騙し工夫
(うふくしまだいいちいいだましくふう)

余震大体つまんないさと災難待つイタい男子よ
(よしんだいたいつまんないさとさいなんまついたいだんしよ)

あ、南海地震か?菅支持いかんなあ
(あなんかいじしんかかんしじいかんなあ)

などなど、この規模でこんなことができる言語は日本語以外にないのではないかと思うのですが、どうでしょう。
(詳しい人いたら教えてください)

他の時事ネタで言うと、押尾学が薬で逮捕されたときは、

内科で薬買い増しやれば押尾バレやしまいか、リスクでかいな
(ないかでくすりかいましやればおしおばれやしまいかりすくでかいな)

八ッ場ダムが問題になったときは、

うかつにダムをひく、国費を無駄に遣う
(うかつにだむをひくこくひをむだにつかう)

などなど。
あと、僕は野球が大好きなので、野球好きな人が膝を打つであろうものを2つだけ挙げさせてください。

三塁は森野もノリも入るんさ
(さんるいはもりのものりもはいるんさ)

達川が援助金、巨人江川買った
(たつかわがえんじょきんきょじんえがわかった)

すごいですよね。
野球詳しくない方のために説明すると、森野も中村紀洋(ノリと呼ばれている)も、中日の三塁手(ノリは今は楽天を経て横浜に移籍してしまいましたが)なのです。
2つ目のほうは、「空白の一日」などでググってみてください。

あとは、言い得て妙だと思うのが、

追い出せ、いかん団塊世代を!
(おいだせいかんだんかいせだいを)

世の中ね、顔かお金かなのよ
(よのなかねかおかおかねかなのよ)

など。2つ目のはかなり有名ですかね。
回文のくせに、読むと普通に元気が出るものもあります。

けだるき一日生きるだけ
(けだるきいちにちいきるだけ)

世界を崩したいなら、泣いた雫を生かせ
(せかいをくずしたいならないたしずくをいかせ)

一応物理の本を出しているので触れておくと、

142+382×567=765×283+241

(63÷21)×18-27+53 = 35+72-81×(12÷36)

という変化球も。
考えた人は偉い。

ちなみに前回まで英語の韻の話をしていた流れで英語の回文にも触れたいところですが、実は英語では、日本語ほどの長い文章で意味を持った回文にはなかなかなり得りません。

Was it a cat I saw? 「私が見たのは猫だったのか?」

Do geese see God? 「ガチョウは神が見えるのか?」

などですが、もっともレベルが高いと思われるもので、この程度ですね。
理由は明白で、英語の場合は日本語のように規則正しく母音が配置されるわけではないし、単語ごとに区切られてしまうためでしょう。
たとえば、”happy”を逆に呼んで”yppah”とかになるわけですが、どこでどう区切ろうがyの次にppなんてあり得ないとか、そういうことがあまりに頻発してしまうのです。
文法で語順もかなり厳格に決められていますしね。

ちなみに単語レベルでひとかたまりと見なせば、

Fall leaves as soon as leaves fall. 「葉っぱが落ちると、秋が終わる」

なんていう美しいのもあるようです。しかしこれが限界でしょう。
これ以上単語が付け足されるのを想像するのは難しいですね。

というわけで、紹介だけでこんなに長くなったし、まだまだ挙げ続けたらキリがありません(これを読んで「他にもこんなの知ってる!」と思われた方もたくさんいると思います)が、とにかく、言いたいのは、「日本語の回文への適応力はやばい」ということです。
韻とは対照的ですね。

時間があれば、何かテーマ(核となる単語)を決めて、試しに回文を作ってみてください。
実際に作ってみると、思ったほど難しくないことに気付くはずです。

先ほどの、「うなぎ屋はまさみ、かの代打の神様は八木なう」を考えたときの僕の思考回路は以下です。

1. 土用の丑の日なので、「うなぎ」で始めたい。

2. ということは、「ぎなう」で終わる。

3. 「ぎなう」で終わる言葉は、「補う」みたい感じにするか、もしくは「『ぎ』で終わる言葉+なう」にするしかなさそう。

4. 今回はツイッターだし、とりあえず「『ぎ』で終わる言葉+なう」でいこうと決定する。

5. 『ぎ』で終わる言葉を考える。

6. 「かぎ」とか「みぎ」とかあるけれど、「長めの関連ワードが多く含まれているほうがすごい」ので、関連ワードを考える。

7. 「やぎ」にすれば「だいだのかみさま」という結構長めの関連ワードがあることに気付く。

8. 試しに逆さに読んでみる。

9. 「だいだのかみさま」が「まさみかのだいだ」となり、「まさみ」という名のポテンシャルを秘めていることに気付く。しかも「だいだ」はすでに回文が完成している(ということはここが折り返し地点になりそう)

10. そういえば、長澤まさみが、うなぎ屋の役をやっていたことを思い出す。

・・・というような流れです。
で、今回の記事はここからどうやって韻につなげるのかというと、上で太字にした「関連ワード」というのが、韻においてもかなり面白い働きをするのです。
これがかなり奥深いものなので、その紹介をしたいのですが、すでにかなり長くなってしまったので、続きは次回にします。
(次は割とすぐ更新します!)


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【集中連載】英語における韻 <最終話>

こんにちは。

集中連載「英語における韻」も最終回となりました。
前回は、「動詞踏み」と「名詞踏み」を実際に聴き比べていただいた上で、「名詞踏み」のほうが多様性を持たせることができるのでキレイに聴こえ、そしてこれが実現しにくいことこそが日本語で韻という文化が発展してこなかった最も大きな理由だということを述べました。

このブログを始めたときに真っ先に良質な韻の定義の記事で解説したとおり、品詞の多様性というのは韻を評価する上で大変重要な要素であると、僕は考えています。
そのため、日本語では、その多様性の持たせづらさを克服するために、さまざまな工夫がなされてきました。

前回述べた倒置法もそのひとつですが、他にもラップが音楽であるという特性を活かした手法があるので紹介します。

ラップには、「韻(ライム)」と同様に、もうひとつ重要な要素があります。
それは、「フロウ」と呼ばれるものです。

もちろんフロウは本場アメリカにも存在するのですが、韻の踏みづらさというハンデがある分、日本語のほうがフロウの重要性は高いと僕は思っています。

ではその、フロウとは何か。
このブログでは、韻にしか着目しませんと最初に誓ったので、フロウについてはここで詳しく述べませんし、僕もフロウに関しては詳しく語るほどの知識がありません。
フロウに関しては、オトノ葉EntertainmentのMachee Def氏のブログが大変参考になりますので、紹介します。
さすが専門学校でラップの先生もされているだけあって、非常にわかりやすくまとめられています。
(ちなみにオトノ葉の曲も本当にかっこいいです)

Machee Defのザ・ぶろぐ オトノ葉Entertainment

詳細はこちらのブログに譲りますが、フロウとは簡単に言うと「言い回し」です。
つまり、ラップは音階のない単調な音楽だと思われがちですが、実は「どこを強調してどこで高低を付けてどこで単語を切ってどこを伸ばすか」ということを非常に意識しながら、ラッパーはリリックを書いているのです。

そして、このフロウは、韻と非常に密接に関わっています。

もちろん、韻を踏んでいる部分を強調することで、それをわかりやすくするという目的もあります(これは時として逆効果にもなり得ます)が、それ以上に、フロウは「文の途中で、区切りを付ける」ことを可能にします。
これは前回「俺はリンゴ 食べるぜ・・・」の例で少し触れた、あの手法です。

前回、「動詞踏み」と「名詞踏み」という2種類の踏み方をご紹介しました。
ただ、いくら倒置法を駆使していくら名詞踏みの中で多様性を持たせたとしても、やはり限界があります。
なぜなら、それらはすべて名詞だからです。
同じ母音で合わせるからには、名詞っぽい終わり方がかぶってしまうこと(~性、~中、~的など。英語ならば、”~tion”や”~ence”など)は避けられませんし、何よりも、毎回倒置法を使うというのは、さすがに文章として不自然で無理があるという印象を与えかねません。
そのために言いたいことを曲げる必要が出てきてしまえば本末転倒です。

この問題を克服するためにはどうするか。

動詞と名詞で踏むのです。

久しぶりに、自分たちの曲を用いて紹介します。
毎年恒例の抱負シリーズの2010年バージョンです。(去年の曲だから23歳とか言ってるよー)

0:40あたりから始まる出だしの部分の歌詞です。

【歌詞】 「抱負2010」 細川担当ヴァース

たくさんの「サンキュー」が明後日向いてた2009が去って
見送った選球眼 さて始めようさぁ2010勇敢な手かざして・・・

※今から僕は、【自分で書いた歌詞を自分で解説する】という、ミュージシャンとして非常にかっこ悪いことをします。なぜこんなことが可能かというと、僕はミュージシャンではなく、「ただ韻を広めたいだけの人」だからです。
※この断りは、毎回入れます。(4回目!)

まず、「サンキューが明後日」でいったん切ることにより擬似的に名詞で終わらせています。
本来なら「明後日向いてた」で、もちろん動詞「向いてた」が付いてくるのですが、「明後日」と言い終わった瞬間にいったん切るのです。
これにより、倒置法を使わずに名詞で節を終わらせることができます。

そして、これが、「2009が去ってく」という動詞で終わる文と韻を踏んでいます。
前半は名詞で終わる節、後半は動詞で終わる節にして、これらで踏むのです。
名詞と動詞は文法上、本質的に異なる性質を持っているわけですから、このように違う品詞で踏めれば文句は言われません。

そのあとに続く「選球眼 さて」は、「選球眼」という名詞に、「さて」という接続詞を付けて、「接続詞で節が終わる」という形を作り出しています。
先ほどは無理やり文を途中で切りましたが、今度は逆ですね。
「選球眼」で文は終わっているはずなのに、無理やり「さて」をくっつけました。

これで、文末に関して、「名詞」「動詞」「接続詞」というバリエーションを達成しました。

ここまでの3つの韻は、母音だけでなく子音も合わせています。

そのあとの「さぁ2010(two thousand ten)」は母音は合っていますが子音が崩れるので、「あ、崩れた」と思われるのがむかつくので「2010」と言い終わるや否や、というかもはや最後の「10」を次の「勇敢な手」の頭につなげてすぐに踏んで畳み掛けます(この手法は僕は好きで結構よく使います)。

このtwo thousand tenは品詞とか以前にそもそも英語なので、(後で述べますが)「究極の多様性」です。

2:05あたりから始まる僕の2回目のヴァースでは、文章の途中というよりも、もはや単語の途中で切っています。

【歌詞】 「抱負2010」 細川担当ヴァース

書き初めするなら漢字は「理想」とか言ったら感じ悪りぃ? そうなるようただ・・・

「理」と「想」の間で切っています。
この手法はあんまり多用するのはよくないですが、このように、品詞の壁、ときには単語の壁を飛び越えて、母音を(何なら子音まで)合わせにいく、ということが、日本語で韻を踏むことの醍醐味だと僕は思っています。
本来韻が踏みにくい日本語だと、こういった苦肉の策を使わなければならないからこそ、そこで知恵が発揮されて、ラップが音楽であることを利用したバラエティに富んだ韻の踏み方が発明されていくのだと思います。

品詞の多様性の話の最後に、先ほどちらっと言った「究極の多様性」を達成できる韻の踏み方を紹介します。それは、

英語と日本語で踏む

という方法です。

これは、最強です。
なぜなら、品詞が違うどころかそもそも言語が違うので、2つの音の一致は完全なる偶然だからです。
どの文字に対しても、一致していることに文法的な理由はありません。

僕が韻に関して最も魅力的だと思う日本のラッパーは、KICK THE CAN CREWのLITTLE氏なのですが(その理由はまた今度書きます)、彼は英語の響きに合わせる天才です。

以下、全部彼のソロ代表曲のサビです。
(すべて曲名からYouTubeへのリンクを貼ったので興味があれば聴いてみてください)
(ちなみに「夢のせい」は普段ラップ聴かない人でも泣ける本当にいい曲だと思うんですけど。是非聴いていただきたい)

I SING, I SAY(愛し、愛せ) (I SING, I SAY

初恋の(What’s going on?) (はつ恋の ~What’s Going On ~ feat. トータス松本

夢のせい(You may not say) (夢のせい

LITTLE氏のかっこいいと思うところは、こういうのをあからさまにアピールしないところです。
上に挙げた曲の中で「初恋の~」以外の2曲は、曲の中で英語のほうの歌詞は出てきません。
つまりどういうことかというと、”I SING, I SAY”が「愛し、愛せ」に聞こえるだとか、「夢のせい」が”You may not say”に聞こえるだとか、僕らリスナーが勝手に言っているだけ、というスタンスなわけです。

何なら気付かれずに曲が終わるリスクさえもありますよね。
それを放置するところが本当にかっこいい。

中でも圧巻は、おなじみ「聖者が街にやってくる」の日本語ラップバージョンです。
時間がない人も、この曲だけは是非聴いてみてください。

サビの、

「来たぜこの街に」

の部分。お気づきでしょうか?

英語原曲のサビの、

Oh when the saints~♪ go marching in~♪

と踏んでいるのです!
(もちろんこれも放置スタイルなので、曲の中に英語の歌詞は出てきません。僕が勝手にそう聞こえると騒いでいるだけです)

そして何がすごいって、「来たぜこの街に」という歌詞が、「聖者が街にやってくる」という元々ある邦題の意味からして、サビの頭に来ることにまったく違和感がないのです!

それでいて、この子音、母音の一致度は、もう奇跡でしょう。
この曲は初めて聴いたとき、本当に衝撃的でした。

他にもメジャーなラッパーの曲で、サビで英語と踏んでいるものと言えば、

「著しい」と「It’s easy to see」 (KREVA 「トリートメント feat. DABO,CUEZERO」)
「We go every day」と「行こう笑みで」 (Dragon Ash 「静かな日々の階段を」)

などがパッと思いつきますね。
「静かな日々の階段を」は有名ですよね。

さて、以上で、全5回にわたって連載してきた「英語における韻」を終了します。
ありがとうございました。

次回は、久しぶりに軽いテーマにしましょう。
何にしましょうか。


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